クリスマスのサンタシステム云々の記事を読んでくださった方はお察しかと思うのですが、
私は「みんなやっているから」「普通そうだから」を素直に受け入れることが難しい、なんともメンドクサイ性格です。
なんでもかんでもそうってわけではなく、むしろテキトーすぎることもあったりするのですが…
特に結婚関係のいろいろから増えた気がします。
ひとりでのほほんと暮らしているだけのときよりも
結婚という大きなイベントに関することだったり、
自分以外の人(夫や子ども)に影響を与える可能性があることに関しては
きちんと納得して決断したいという思いが強くなったから、かもしれません。
「反発したい」とか「目立ちたい」とかでは全くなく。(むしろ限りなく目立ちたくないし)
これまでにこだわって検討したことを思いつくままリストアップしてみます。
婚約指輪
結局普段つけるのは結婚指輪だし、石のついた指輪にもともと興味がなかったしで
どうしてもお金がもったいなく感じ、貰わず。
その代わり夫婦おそろいでいい時計を買った。
ウェディングドレス
結婚式は神前式でしたが、披露宴でウェディングドレスを着たりお色直しでカラードレスを着たりとどこかでドレスを着る人がほとんどだそう。
でもそもそもドレスに興味がなかったし、美しく着こなす自信もなかったし、
白無垢と白のウェディングドレスって役割がかぶるのが気になりドレスは着ず。(カラードレスには更に興味がなかった)
花嫁からの手紙
思うところがいろいろあるので省略しますが読みたくなく、プランナーさんにギリギリまで「本当に読まないんですか」と聞かれ続けたけど、読まず。
代わりに新郎の挨拶の前に私からも挨拶。
本籍地
夫の本籍地(実家)にする人が多いらしいが、住むわけじゃないのに夫の実家にする意味がわからず、現住所に。
義父に「ここじゃなくなるのか、寂しい」と言われたが、いやこちらは姓すら変えてますからね…
夫婦で新しい姓を作る制度になればいいのになー。
結納
「嫁に入る」という意味合いが強くなるのでやりたくなかったが、義両親が是非にというのでしていただいた。
義両親は特に「嫁に入ってほしい」という意味ではなく、形としてきちんとしたかっただけのようだったので。
お宮参りで誰が赤ちゃんを抱っこするか
『産後の女性が穢れとされているから母親ではなく父方の祖母が抱く』という説を知って、『穢れ』とは失礼な!昔のそういう考え方嫌い!と反発したくなった。
が、これはそこまでこだわりがあったわけでもないし波風をたてたくないので慣習どおりに。
喪中はがき
喪中はがきを出すのではなく、こちらからは年賀状を出さずに受け取っておいて、くれた人に寒中見舞で返事というスタイルに。
年賀状は「新年を祝う」よりも近況報告の意味合いが大きくなっていると思うので、私なら味気ない喪中はがきをもらうよりも写真やイラスト入りの寒中見舞をもらうほうが嬉しい。
(喪中はがきの代わりにクリスマスカードをくれた人もいたけど、それもステキだと思ったなぁ)
なんかこうやって書き連ねると、我ながらちょっとメンドクサイ感。
でも、きちんと考えて納得してきたことなので後悔はありません。
子どものころはこういう性格を親から「ひねくれてる」などと言われてきたけど、
「常識とされていることも一旦立ち止まって考えてみる」って、そう悪いことじゃないと思うんだけどなぁ…。
今回考えたのは『豆まき』
いろんな人のブログで節分に関する日記を読ませてもらって
「そっかぁ、鬼怖いよね、泣いちゃったかぁ」とか
「ちゃんと豆まきイベントやってて偉いなぁ」(我が家は豆食べただけで撒かず)なんてほんわかしていたんです。
が、自分の子どものころはどうしてたっけ?なんて思い返すうちに徐々に
「ん?そもそも豆まきって何?子どもを怖がらせるんだっけ?」とハテナが。
ニュースなどで見たり、人から話を聞いたり、ブログで読ませていただいたりしていると、
「大人が鬼に扮し子どもを怖がらせる、子どもは阿鼻叫喚、でもがんばって鬼に豆を投げて退治する」のがよくある豆まきイベントだと思うんですが、
私子どものころ親に豆を投げてた記憶がなくって。
確か、「鬼は外」で玄関にまいたり窓からベランダに向かって投げたり、「福は内」で家の中に向かってまく、としてた気がするんですよね。
なのでどうにも「怖いものに勇気を持って立ち向かうイベント」という構図が腑に落ちず…
調べてみました。
こちらのページから少し抜粋。
典型的な豆まきの仕方
(略)
●4:「鬼は外!福は内!」と豆を撒く
……家の玄関や窓を開けて「鬼は外!」と豆を撒き、鬼が戻らないようすぐに戸や窓を閉めてから、「福は内!」と部屋の中に撒きます。奥の部屋から順番に鬼を追い出すようにして最後は玄関まで撒きましょう(口上、回数、順番などは地方によって異なりますし、珍しい事例がたくさんあります)。
なんと、私の実家はこの「典型的な」やり方だったようです。
なんとなく一安心。
豆まきの意味についてはこのような記述。
中世の陰陽道では、年越しにあたる節分の夜は、1年の中で陰から陽へと秩序が最も変わる日とされ、このような日には、普段姿を隠している鬼や魔物が出現しやすいと考えられていました。豆まきは、それらを追い払うための行事です。
Wikipediaではこんな風に書かれてました。
鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという意味合いがある
そう、私のイメージする豆まきって、これ。
「邪気を追い払い、一年の無病息災を願う」。
怖がらせるとか、怖いものに立ち向かうとかって、必須なわけではないんじゃないかなぁ。
そっかそっか、これでよかったんだ!と一安心する一方、
おそらく幼稚園や保育園などでは怖い鬼が現れて子どもたち大泣き、
がんばってやっつけよう!なイベントが開催されるのはほぼ間違いないのでは。
でもまあ、それはそれで、「怖がらせるなんてかわいそう!」という考えで反対しているわけではないので、
入ったところでやっていただける通りにおまかせすれば良いかしら…、と落ち着いたのでした。
たぶん家では怖がらせて泣かせるとかしないと思うけど。
たぶん「○○しないと鬼が来るよ!」は我が家では使わないと思うし。たぶん。。今のところ。。
ちなみに今年豆まきをしなかった理由は、
どうせ偏食ぽよは豆食べないし、別にやらなくていっか。というものでした。笑
恵方巻きも、ぽよが米拒否なのでナシ。
節分にイワシというのはスーパーの節分コーナーで知ったのですが、それには便乗して明太イワシを食べました。ぽよは焼き魚ラブなので、明太子のないところをモリモリと。
…と、なんだか堅いんだかゆるいんだか、な私の節分観でした。
柊鰯というのも調べて初めて知りました。
何気なくやっていた行事にも、いろんな意味やバリエーションがあるんだなぁ。