先日「極力教えない」という記事を書いたところですが、
これは端的にいうと「専門知識やスキルが必要なことは専門家に任せましょう」というもので、
家事等生活するための技能に関してはもちろん家庭で教えるべきことだと認識しています。
子どもたちにもそろそろタオルなどの簡単なものや自分の服はなるべく自分でたためるようになってもらおうと一緒にたたむようになり(これも億劫でなかなかできなかったのだけど)、
なるべく口を挟まずにいようと思っているのについつい「たたんだらわっかになったほうをそろえて重ねるといいよ」とアドバイスをしてしまいます。
↓こうよりも…
↓こうがいいよって。
わたし自身が母親からしつこいほどに「輪の方を手前にそろえて」と言われてきたし、
服屋さんでも必ず輪が手前に陳列されているので、
衣類はたたんだら輪を手前にそろえるというのは常識なのだろうと思い込んでいました。
一枚の区切りがわかりやすいから取り出しやすいしね。
だけどそれって絶対正義なのかなぁ。
もしかしたら絶対ってわけじゃないのかも。
手前になってなくたってめちゃくちゃ困るわけでもないし。
…と最近迷うようになりました。
というのも、
夫は輪の向きなど一切気にする様子がないのです。
わたしがこうするときれいだよとアドバイスしても取り入れる気配がないし、
Netflixで『KonMari』(こんまりさんがアメリカの家庭で収納術を教える番組)を観て「服を立てて(輪を上にして)収納」を取り入れ始めたにも関わらず輪を上にしようとは思わないみたいで常に下にあるのです。
逆にこだわりがあってそうしてるのだろうかと気になるのだけど、家事にケチをつけられたと思われたくなくて静観しています。
夫はきちんとした性格で細かいところまで気がついたりこだわりのある人なのに、なんだか意外なことで興味深い。
輪をそろえない家庭で育っているからなのか、揃えるという概念がなかったため新しい基準を取り入れることが難しいからなのか。
ちなみに先日は、ずっとやってた(たぶん一般的な)長辺が輪になるたたみ方↓じゃなく、
短辺が輪になるように↓縦長に畳んだほうがいいって気づいたよ!縦長の状態で使うことがほとんどだしタオルハンガーにかけやすいよ!盲点だったわ!
って興奮気味に伝えたんですが、
「え…そう?そうかなぁ??縦長で使わないことも多いと思うけど」とあまり賛同してもらえなかった。
家事を始め暮らしに関することはもともと持っている価値観をアップデートすることをほとんどしない夫のことが、日々少しでも楽に効率的に!と意識してアップデートを繰り返しているわたしからすると不思議で仕方ないのだけど、
わたしが多くの家事を担っている状況では効率化の好影響も古いやり方による悪影響も受けにくく、それよりも新しい方法を取り入れる負担の方が大きいんだろうなと思ったりしています。
家事ってどうしても、すべての流れを自分でやらないと「これをこうすると次のターンが楽になる」というような視点も生まれにくいですもんね。
で、「とはいえタオルは輪が揃ってこっち向いてるほうが気持ちいいに決まってるでしょう!」と思うわたしもいつつ、
『○○でなければ』という縛りが少ないほうが生きやすいんじゃないかなとも思うのです。
だって、輪をそろえたい人と気にしない人が一緒に生活したとき、
【そろえたい人】
・そろってたら気持ちいい
・そろってなかったら気になる/イライラする
【気にしない人】
・そろってても気にならない
・そろってなくても気にならない
…ですよ。いずれにせよ気にならないなんていいよね。ストレス源が少ない。
こだわりがあることは素敵だと思うけど、こだわりが強すぎるときっと生きにくいのです。「コーヒー豆は○○の△△じゃないとダメなの」も素敵だけど、「なんでも美味しいです〜」は楽。
実は、夫がたたんだ洗濯物らしき輪がそろってないものを見かけると、なんだか気になってこっそり直しています。
でもこの「なんだか気になる」が毎日積み重なると、「なんで言っても直さないの」「気にならないんだろうか」「なんでそれくらい子どものころに教えてくれなかったんだろう」「なんで男の子だからって家事を手伝わなくていいのか」とエスカレートしてくるわけで…いいことをしてるつもりだったのに、こだわりを持ってるこちらの方が気持ちを乱されてイライラして損してる。
損。ほんとに損!!(損がきらいな貧乏性)
えっとつまり何の話だったかというと、
子どもたちに家事を教えるとき、あんまり「これが唯一無二の正義」みたいな言い方はしないようにしよう、あくまでわたしのやり方だよっていうスタンスで教えるようにしよう…
大きくなってきたら「一緒に暮らす相手とやり方が違うこともあるから、そのときは話し合っていいやり方を見つけてね」なんて話したい…
ということでした。
細かなことにこだわりを持ちすぎず、あらゆることに寛容に、
もっと楽に楽ーに生きたいな。