つづるgraph

自由につづり、自由に描く。

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あまりにも元通りの生活が戻ってきたけど

長女の幼稚園が午前保育のみで再開したと思ったらあっという間にフルになり、

続いて次女のプレも始まり、全く寂しがる様子も見せずにあっという間に園になじむ次女、

いとも簡単に以前の日常が戻ってきたどころかそれを飛び越して、待ち焦がれていた一人の時間を手にできるところまできた。

生活もあっという間に元通り。

まだまだ都市部では緊張が続いているのかもしれないけど、わたしの周りでは正直、もうほとんど元通り。

街には既に人が溢れかえっているし、

わたしは送迎時やお店に入るとき・人の多いところを歩くとき以外はマスクもしてない。(暑すぎて倒れそう。)

子どもたちは未就学なので「休校中の学習の遅れをどう取り戻していくのか」といった心配もないし、

多少中止になった幼稚園の行事はあるものの、親子遠足だったり懇親会だったりは私としてはむしろなくなってくれて気が楽くらいのもの(自己中)。

本当にいとも簡単に、待ち望んでいた元通りの生活、いやそれ以上の生活が戻ってきた。

最近のもっぱらの関心ごとは次女がプレに行っている間の過ごし方を模索することで、

こうやって当たり前のように先の生活について考えられることはとても幸せ。

 

あまりに快適なので、休園していた3ヶ月のことを忘れてしまったり、美化してしまいそう。

3ヶ月耐え抜いたという達成感や開放感があまりに大きくて。

「大変だったけどがんばったよね」「なんとか耐えたよね」「ある意味貴重な期間だったよね」なんていい思い出化しちゃいがちだし、

ブログを書こうかなと考えたときにも「休園中役立ったおもちゃ」「休園中ハマった遊び」「休園中の娘の成長」など、なんとかこの期間を有意義なものにしようとする自分が顔を出す。有意義あえか。

それに確かに、自粛生活に慣れてきた4月ごろには「こういうゆっくりした生活もいいな」とか思ってた。週末絶対どこかに出かけなくとも楽しい時間は過ごせるんだってわかったし、帰省しない長期休暇っていいわぁとも感じてた。

コロナによって気付いたり再認識できた、今後残していきたい価値観もある。(夫の出張が減ったらうれしいぞ。セミナー等もどんどんオンライン化してくれたらいいね)

 

でもやっぱり、わたしはこの期間をいい思い出化したくなく、なんなら「“自粛”期間」とも呼びたくない。(いいかげん”自粛“に代わる言葉が生まれないのかな。さんざん言われていたけど「自粛」を「要請」って日本語おかしいもん)

「巣ごもり」「おこもり」「おうち時間」なんていう、耳ざわりのいいほっこりワードを使うのにも抵抗あったな。わたしも最初は前向きに過ごすべく「おうち時間」とか言ってたけどさ。

 

辛かった期間だからこそ耐えただけの意味はもちろん見出したいけど、

ただただ美化してしまっては「あ、これでよかったんだ」って思われちゃいそう。家庭や子どもが負担すればなんとかなるんだって。

家庭・子どもの負担は意味があるものだったのか、きちんと検証していってほしいと思うしちゃんと情報に目を向け続けたい。

無理に「有意義に過ごせた」って前向きな意味を探さなくとも、「とにかく辛かった」っていう自分の正直な気持ちも認めたい。

だって辛かったもんね。子どもと四六時中一緒ってこともそうだけど、他人と自分の辛さを比べちゃったりさ。

わたしより厳しい状況に置かれてる人がいるのももちろん理解してるのに、自分より楽そうな人の話が耳に入ると比べちゃって辛かった。

近所の小さな公園以外どこにも出かけず我慢してる中、GWに普通に帰省してる大学生の話を聞いたときには感情が爆発しちゃったわ。

比べるのが無意味ってわかってるのに。

 

全然まとまらないけど、戻ってきた日常を前向きに過ごすために一旦書き出してみた今の気持ち。

はあ、辛かった。

さて、前を向いてこれからの日々を過ごそう。

 

(って気合を入れようとしたとたん盛大にアイスティーこぼしてるけどね。ははは。)

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筆者:あえか(id:AEKA)
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